ドラッグ&ロックン・ロール

音楽活動報告、よく思考のまとめを行います

まきしましょうご

槙島聖護って皆さん知ってます?

 

聖なる加護ってかいて「しょうご」

 

めちゃくちゃカッコいい。

 

この人はPSYCHO-PASSというアニメのシーズン1に出てくるキーパーソン。

 

PSYCHO-PASSというのは、世界をある一つのシステム、通称シビュラシステムという優秀な人間の頭脳の複合体に管理させ、世の中の人間を管理統括する世界の物語。

 

ある意味、物語の舞台であるこの世界の理そのものと言っても過言ではないこのシステムは、人間の脳みそを並列化して大きな頭脳を作り出すというとてもシンプルな構造で出来てます。

 

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いわば世界を支配する方法の一つの案をアニメで具体化したものです。

 

これはスーパーコンピュータによる演算ではなく人間の頭脳が使われているという点において、とてもユニークな世界観を描かれたアニメです。

 

この世界のルールは大体3つ

・シビュラシステムにより個の人間の人生をガイドする

 

・世界を支配するために人間の思考を犯罪係数として数値化し、平和を乱す思考中の脳波の様な物を検出し摘発する

 

・シビュラシステムが世界のルール

 

シビュラシステムは人間を外側から理解し、判断し、導き、裁くためのシステムでもあり、現代における法律や裁判の概念から、統治という政治的側面を全て担っています。アニメの主な軸は、人間の犯罪にフォーカスされ、犯罪を駆逐していくという側面で描かれます。

 

犯罪者の駆逐は公安局という組織が行います。

 

犯罪係数という脳波なる物の上昇を感知し、今で言う所の警察官がその犯罪現場へ急行、サイマティックスキャナーという犯罪係数を読み取る機能がついている、ドミネーターという拳銃の様な物で犯罪者の思考を遠隔で読み取り、

 

その内容により、

捕縛

攻撃

射殺

のどれかがシビュラシステムを通じてサイマティックスキャナーで決断された内容をドミネーターで執行するという物です。

 

なので犯罪者と直接対峙する人を執行官と言い

 

その執行官は潜在的な思考回路や思考パターン、思想や価値観が犯罪者のそれと近いとシビュラに判断された人達を元に構成されています。

 

そう言う人達は潜在犯と言います。

 

この世界で潜在犯として描かれる人達は人並外れた何かしらの特技を持つ事が多く、犯罪者と退治する上で重要な能力を持つ事が多い為、執行官として働く事が許されるわけです。

 

一方で、公安局という権力組織に属していながら、協調性に欠けた人物像で描かれる事が多い。

 

そしてその潜在犯から構成される執行官に秩序を教育し、管理し、命令する役割の監視官という人が、一つのチームを束ねています。

 

シビュラシステムの下した決定を実際に遂行するかどうかと言うのは、時に現場判断です。その判断に責任を負うのが監視官の役割であり、監視官の命令や指示、又はシビュラシステムの判決に従って執行を実行するのが執行官。

 

シビュラシステムが絶対のルールという中で成り立つ、いわば刑事ものアニメです。

 

この世界では、サイマティックスキャナーが犯罪係数を計測し、シビュラシステムが殺して良いと判断した場合、

 

「人間が人間を正当に殺して良い世界」

 

でもあります。そして殺して良いかどうかを判断してるのは自分ではなく、シビュラだという免責の意識が根付いています。

 

引き金を引いたのがたとえ自分でも、シビュラが殺せと言ったから、殺す。

 

そんな世界です。

 

 

しかしこのシビュラシステムには致命的な欠陥があり

 

それは

 

「シビュラシステムが人間の頭脳の複合体であるが故に一定数の理解できない人間がどうしても存在する。」

 

これはシビュラシステムを絶対とした世界において、判断できない例外がある事自体が、論理と世界のルールの崩壊を意味するので、人々には知られたくない事実です。

 

なのでシビュラシステムの中枢に関わる人達と、その関係者以外には知られていません。(物語が進むにつれて当たり前のようにそういう人が出てくるのは割愛)

 

そして、そのシビュラシステムの管理の網をくぐり抜けてしまう人達のことを

 

免罪体質といいます。

 

免罪体質というのは、現代における思想犯にも近いところがあると僕は思っていて

 

「その複雑かつ信念のある思想を善悪で判断できない。」

 

という人間の正義と悪の矛盾をここに落とし込めてる様に感じます。

 

先ほど名前をあげた槙島聖護はこの免罪体質を持った人間です。

 

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彼の思想は

 

「シビュラ社会の破壊」

 

その根源は

 

「シビュラシステムは人から自由を奪った監獄そのもの」

という論理です。

 

人物像としては冷酷そのもので、人を殺すことに罪悪感を感じていません。しかし免罪体質故に、人を殺したとしても犯罪係数は上がらず、シビュラは執行対象として認識できません。

 

つまり、これはシビュラが免罪体質の人物のことを理解できないからなのです。

 

 

 

彼がなぜ免罪体質なのかはわかりませんが、彼は作中でこう述べます。

 

「僕を裁けるものがいるとしたら、それは…自らの意志で人殺しになれる奴だけだ」

 

「誰だって孤独だ。誰だって虚ろだ。もう誰も他人を必要としない。どんな才能もスペアが見つかる。どんな関係も取り換えがきく。そんな世界に飽きていた。」

 

 

「君たちは一体、何を基準に善と悪を選り分けているんだろうね?」

 

彼は、シビュラが全てを判断する様になり、人間の自由意志がことごとく侵されて言ってることを作中で常に指摘しています。

 

目の前で、本当におかしいと自分が思う事があっても、シビュラがそう判断しなければ止める事ができない。自分がおかしいと思わなくても、シビュラが判断したら裁かなければならない世の中。

 

人間の適正をシビュラが正確に理解し、向いてる職業や付き合うべき人間を選ぶ様になり、次第に人々はシビュラの判断の通りに動けば生きやすい世界に行き着くと刷り込まれていく世界。

 

そしていつしか、人々は個性を失い、人間の本来持つ資質のみが考慮され、都合の悪い部分がなくなっていった結果、生きやすいけれど自由がなく、考え方までが平坦化した世界。

 

生きやすく生き続けれる様になり、誰からも好かれる様になった人間の中には、何者でもない空っぽの人間が出来上がった世界。

 

 

 

 

僕は槙島聖護というキャラクターが好きです。

 

彼の指摘する発言や、PSYCHO-PASSという世界におけるこの没個性化は、

 

今の社会で生きてきて多分に感じる事でもある。

 

自分自身で考えて、調べて、選び、善悪を判断し、思想を持ち行動しているつもりでいても

 

実は数多くの他人の言葉や思考、世の中の風潮に惑わされ、じつは流されてる事に気付かずに本質を見失った決断や思考・判断をしている可能性。

 

誰にでもある話。

 

僕はこの人物から特に、この言葉に共感しました。

 

「何者としても振る舞うことができる君自身が、結局のところは、何者でもなかった。」

 

これは僕が1番興味の湧かない人物像。没個性なのではなく、なんでも演じる事ができる人間。それはそれですごい事だと思いますよ。

 

けれども、僕はあまり魅力は感じないし、あんまりなろうとは思ってない。所謂、綺麗事が服着て歩いてる様な人、もそのうちの1人。

 

幸い僕の周り(本当に昔からの仲間で良く知った人達)には、超絶個性的でとてもじゃないけど演じる事ができなそうな人ばかり。

 

その中に僕もドップリ浸かれてる時点で僕もそう。

 

 

でもそんな人もまた、どこかで流されてるかもしれない。ハッとした。

 

 

そこまでよく知らない人の事は、知らない。それにあまり大人数に向けては発信してないけども、

 

大人数の心理よりも、用があるのは個人の深い思想なのは結構皆同じな気がする。表面的なそれではなく、普通なら語らないようなね。普通の人ならSNSなんかには書かない様な事。そこ。

 

 

このブログを読んで共感した人がいたらそれはそれで今の世間の風潮的にはかなり生きづらい思うけど、僕と同じタイプならきっと楽しくやってることと思う。コロナが明けたらわりと、

 

いや、かなり楽しく飯でも食えると思うよ。

 

 

僕にはシビュラシステムがなくなってしまった。誰かがやれと言わなくなった。誰もやるなと言わなくなった。

 

それも皆ある部分については同じ

 

という事は、PSYCHO-PASSで言うところの、「シビュラが殺せって言ったから殺した」が通用しなくなった様な感じだ。

 

ふと最近、このアニメの話をして、そう言えば今の自分は随分と楽になったなと思い、思い返していた。

 

 

 

人が決めた事やる方が本来なら何倍も楽なんだろうな。

 

 

 

 

リョウマサヒロ