ドラッグ&ロックン・ロール

音楽活動報告、よく思考のまとめを行います

経験主義者の完全感覚は隙が多い

 

見たものは実在するとし、見たことがない物事は実在しないものだと仮定すること

 

それも含めて、より一層、経験した事のみを信じ、それ以外を全て仮説として扱う思想

 

または

 

話す言葉にはリアルを求めて、目で見たものや体験した事を元に物事を話すこと

 

これらはすごくかっこいい響きを帯びているけど

 

罠がある。

 

幽霊を見た!

 

もしこんな体験をしたとして

 

例え話だけど

 

それが本当に幽霊かどうかの証明をしようとせず、自分は幽霊を見たのだから、幽霊はこの世の中にいる!

 

となることが怖い。

 

幽霊はきっといると信じる事と、

 

幽霊は居ますと言い切る事 

 

この2つには大きな差があるという、ミニマムな世界に注視するお話。

 

あとで一つの動画を紹介するので、最後に見て欲しい。

 

 

車を見たことがない人が居たら、時速120kmで動く鉄のかたまりが急に目の前に現れたら、イノシシの悪魔だと思うかもしれない。

 

 

そんな、無知と想像力からくるものがもし悪魔や天使や神様の根源だとしたならば、それらはこの世には居ないということなのだろうか?

 

目に見えない物事や事象を言葉で表す時には、そのほとんどが意味を成さず、言葉にした瞬間に言葉そのものに注視されるというのを忘れてはいけないと自戒の念もありつつ、

 

答えを出すにはまだ早い

 

例え話はまだ続く。

 

 

経験した事が必ずしも世の中の理とはいえない一方で、経験した人の語る言葉の重みは凄い。

 

戦争を経験した祖父の言葉が、物凄く重く心にのしかかった経験がある人もいるのではないだろうか。

 

 

世の中の真実を祖父が語っていたかどうかというのは、また別の話で、祖父にとって目で見て耳で聞いて肌で感じた恐怖と混沌は、祖父にとっては真実である。

 

しかしそこから感じたことが、世の中の真実かかどうかは分からない。

 

人を通した出来事はその人の経験や知識からくる解釈を経て、言葉として伝えられる。

 

僕の祖父は、船で日本に逃げて来たと言っていた。

 

「船で逃げて来たんだ。日本に。」

 

から始まるこの話を僕は、何度も小さい頃に聞かされた。

 

しかしその話の中には祖父の拡大解釈が存分に盛り込まれていたらしく、大人になってから学んだ第二次世界大戦中での日本統治時代の台湾の歴史とは些か、かけ離れたストーリーだった。

 

しかし一方で、史実とされる歴史が実は間違ってたなんて話もよくある話。

 

僕が大人になってから学んだ台湾の歴史は残念ながら日本語に訳された記録で学んだ事だ。おまけに僕は中国語はできない。台湾側からはまだきちんと学んでいない。

 

 

 

この様に、第二次世界大戦が世の中では起きて、台湾には「日治」と呼ばれる日本統治時代があったという事実はあるけれど、そこで行われていた真実の物語は人によって違う。

 

僕は最近、「真実はいつも一つ!」は大嘘だと思って何事にも対峙しようと心がけている。

 

そして一方で事実は割と一つにまとめる事が出来るとも思っている。

 

さらにまとめる事はできるかも知れないけどその全容を掴むのはかなり難しいと感じる

 

その上で

 

事実は森、真実は木

 

その様な構図で捉える様に心がけている。

 

つまり、人の話は半分聞き、半分疑う

 

何が起きたかは広く視野を持って調べて学ぶ。

 

 

そんなことを思っていた時、最近少し話題になっていたという一つの動画を教えてもらった。

 

 

f:id:ryomasahiro:20210519004432j:image

https://youtu.be/8akmn_R8plY

 

 

白人至上主義と黒人差別について問題提起している音楽的な動画

 

本場のまくしたてる様なラップに、日本語翻訳がついているので、興味のある人は是非見て下さい。

 

この動画もまた作者の表現であり実際とは齟齬があるかも知れないけれども

 

物事には二面性があると言うことや、作中最後のエンディングには感動する。

 

しかし2面以上に、物事は多面的だと日々痛感する。

 

リョウマサヒロ