おはようございます、こんにちは、こんばんは。
ドラマー薬剤師、リョウマサヒロです
この自己紹介の仕方は、久しぶりにしますね。
有難いことに今とても様々な仕事で充実していて、
その忙しさでなんか色々とブログの企画が頓挫してるんですが
それは置いておいて今日はまともに真面目なブログを書こうかなと思います。
一つ注意書きをすると、今回のブログはコロナウィルスの情報提供だったり、医療従事者としての感染状況の詳細の解説はまったく趣旨ではありません。
様々な情報を見ていく中で僕が感じた感想と、そう思う理由を書いた内容です。
そして最後に僕が考えた結果出た結論を少し書いて終わります。
1.数字に踊らされた
いきなりなんですけれど、コロナの感染者数が大変なことになっていますね。
それと同時に、政府は自宅療養を推し進めようとしています。
『特に一人暮らしの方は自宅を病床のような形で』
なんてセリフが政府から出てましたね。
(ちなみに詳しく見ていくとこの文字通りなそう言う話ではなさそうですよ。)
保健所の方々もマンパワーが限られているため、もしかしたら一人暮らしなのかご家族がいるのか、ホテル療養なのかどうなのかによって対応のスピードを変えてるのかもしれませんが、まず僕が真っ先に思ったのは
先の政府の言う自宅病床化は現段階ではかなり難しいのではないだろうか
という事です。
友人の話、近隣の病院からの情報提供、病院に出入りしている卸さんからの情報提供、厚生労働省からの発表
様々なものを見聞きしての思いですが
最もそう思う理由は
まだ国が全国の医師に対して明確なガイドラインのもと自宅への往診を要請していないから
です。
離島などの交通の弁が未発達の地域を除き、
通常の医療は基本的に、救急車に来てもらうか、自ら病院に赴くか、このどちらかでしか医療は始まりません。
確かに、訪問診療や往診といったシステムは現在ではしっかり作られています。
しかしこれらは
・大量の医療資源を消費する
・国の医療費への負担が果てしなく大きい
・医療提供施設への体制整備の負担が大きすぎるため行えるところが少ない
コレらの点から、現在は限られた条件付きで行われてるものです。つまり、やたらめったらお願いされてもできないシステムという事です。
(詳しい内容は今回は省きます)
そして、こういった医療提供は
国が明確に診療報酬とガイドラインを決めて、保健所と町のクリニックの連絡系統を作り上げた後に、実際に行われる内容です。
そして病床というのは、ただのベッドの事ではなく
医療従事者が目の届く範囲にある、もしくは患者から連絡を受けた際に医療従事者が急行できるシステムになっているもの
の事です。
ただの自宅は、"現段階では"病床にはなり得ないと思います。
往診、訪問診療等ができる病院が多くない中、なんのガイドラインも決めないで、「一人暮らしの人は自分の家を病床として扱え」
というのはまず無理な話。
2.世の中に対する不満も無駄・無意味
そして次に、コレは周りの人から集めた実際に起きた内容をもとに発言しますが
保健所はマンパワーが足らない状態なので、
コロナウィルス感染症の発症が発覚した人への対応を、その個人の状況に応じて変えています。
状況=年代や基礎疾患の有無、家族の有無、その他様々な状態を考慮しているもの
より多くの人を救おうとすると
どなたにも平等に
なんて綺麗事は残念ながら通用しません。
今すぐ入院させたほうがいい人
今すぐではないが即座に連絡を取れる状態を保たないと危ない人
しばらくの間、経過観察が可能な人
様々です。
実際にかかった方々は皆さまもれなくお辛いとは思いますが、資材が無限にあり、マンパワーも無限にあるわけではないので、全ての人に迅速かつ丁寧になんて、全くもって不可能です。
そういった点を踏まえると、政府のメディアを通した発言と、実際の現場、そして医療従事者ではない方々の思いの間ではかなり大きな乖離があるのを垣間見れます。
その上、世の中にはコロナウィルス感染症以外の患者さんも物凄くたくさんいる現状です。
例えば、私の従事する薬局には月にのべ1200人以上の患者さんが来局します。
一つの小さな薬局でもこれなのです。町にはいくつの薬局があるでしょうか。
とすると病院にかかってる方々は一体何人でしょう。
などなど、問題点を挙げればそれこそキリがないと思います。
なので僕は考え方を変えてみました。
3.目を向けるべきは極シンプルかつ当たり前の事だった
目を向けるべきは一体どこなのだろうか?
現場と乖離した発言を並べる政府なのか
実際に起きている現状そのものなのか
それとも
医療従事者にしかみえない内側の話なのか。
僕らは日々生活をしています
生きていくだけでお金はかかるし
ご飯も食べなければなりません
長期戦となるのなら、それ相応の持久力もなければなりません
ストレスにも対応しなければなりません、
自殺者は増え続ける一方です。
そう考えていくと、世の中云々の話は本当にどうでも良くなります。やるべき事は極シンプル、だけど物凄くたくさんありました。
僕は、目を向けるべきは
生きて生活して安定して、大切な人たちを失わない事
これに尽きると思いました。
世の中の感染者数が何人だろうが
政府がおかしなことを言おうが
世の中がこんな中オリンピックをやろうが
どーーーーでもいい話です。
ただ生きろと言われても
今やコレが何より難しいことじゃないですかね。
しっかり生きた上で、大切な人達のことまで按じる
なかなかできる事じゃないと思います。
もちろん世の中の事は、
大元を辿れば
間接的には関係します。
けれど、それよりももっと目を向けるべきことがあるはず。
僕は、自分が生きて、自分の薬局で抱えてる患者さんができる限り健康で、友達が笑っていて、家族が生きていて、恋人が明日もおはようと言ってくれれば、なにも問題ありません。
これは開き直りとは違います。
極論でもありません。
今まで散々調べ、あーでもこーでもないと考えた挙句
僕自身にはどうしようもできず、はたまた僕自身がそれに憤ったり、何か文句を言ったりする必要性など全くなく、ましてや人の事を文句を言う余裕など、ない。
結局の所、何かあって生きていけなくなったとしても、今の状態では助けてくれるのは政府でもなければ、保健所でもありません。
もちろんメディアでもなければ
オリンピック選手でもない。
家族、仲間、友達、恋人、そして職場のチームです。
命の危機になったら、もしかしたら医療は助けてくれるかもしれません。
その隙間があれば助けてくれるでしょう。
その医療のひっ迫は避けなければなりませんが
時間を過ぎて営業してるお店があっても
酒を出してるお店があっても
若者が公園で酒を飲んでても
高齢者が病院を集会場がわりに使ってようとも
そこに文句を言う必要なんて、ないんですよね。
4.くだらない事を考えてる暇があったら一生懸命に生きろ、生き抜くんだ
僕は僕に必要な事を必要なだけ行い、仕事をして、仲間の力になり、音楽を必要とされればやって、必要とされなければやらない。
必要以上に我慢するから人に文句を言う。
必要なだけ我慢して
必要な物事は胸を張ってやれば
文句なんて出ない。
僕はそう結論します。
医療従事者をやっていると、ある程度の情報が入ってきて、それが仇となり色々と混乱したり勘違いをします。
もうここまでくると
短期決戦的な頭の使い方はまるで意味がなくて
長期的に自分はどうしていくかを決めていかなければなりません。
皆さんは一体どうするですか?
僕は考えつくのにかなりの時間を費やしました。
僕はいつも通り、普段と何も変わらず生活してます。
変わった事と言えば、よく手を洗い、マスクをするようになり、仕事が終わった頃にはご飯屋さんがやってなくていつも困ってる事くらいです。
コンビニくらいしかやってなくて、遅くまで働いた後に自炊する気になれないので少し不摂生な気はしてますが、
他は何も変わりません。
どれも些細な話です。
リョウマサヒロ
あとがき
ちなみに今回のブログで言いたいことはタイトルと、小見出しの内容だけです。
あとの文章は全て、ブログにする為の飾り付けです。