ドラッグ&ロックン・ロール

音楽活動報告、よく思考のまとめを行います

少しだけわかってきた頭の中6

つづき

 

生きる上での100m走

 

今俺が置かれてる状況だと、中長期目標というものはあれど、その手前で短期目標が乱立してしまっている。

 

例えるなら、幾つもの100m走をこなしていきながら、大きなゴールに少しづつ向かって行くイメージ。

 

何本もの100mダッシュは流石に辛いので、「目的の達成」という名目意外になにかやる意味というか、前向きにやりたいと思える気持ちが欲しいということだけが、今目の前に明確に見えてる頭の中。

 

 

そんな中、「こんなことやっていったい何になんの?」という疑問が常に邪魔をしてくるわけ。

 

んー

 

困ったなと思って、第一回から考えていて

 

 

今朝、おっとこれは!と思ったのが

 

 

「社会的存在意義」

 

 

コレを考える上で、いったん、「社会」というのがどこまでの範囲、いったい何を指してるのかを明確にしなければならないなと思って

 

 

振り返る。

 

 

俺は今、32歳

 

 

生まれた時、少なくとも

 

ちょっとは自分の名前くらいわかるようになって、親と話せるようになったくらい

 

 

その頃

 

 

インターネットはまだ知らなかった。

 

遊びは、森の中にある幼稚園で

 

紙ヒコーキを飛ばすか

 

まん丸いドングリを探して宝物にするか

 

園庭にデカデカとそびえ立つ、怖くて登れないアスレチックをいかにして制覇するかしかなかった。

 

 

家に帰ったら嫌いな歯磨きとお風呂が待っていて、

 

 

朝になったら幼稚園バスの近くにいるアヒルに怯えながら幼稚園に行く。

 

 

それだけが俺の知る世界だった。

 

 

少なくともその10年後くらいまではそんな感じだった。

 

ケータイ電話を持たされたのが遅かった俺は

 

 

ミクシィを知ったのは高校生の頃。

 

 

 

会ったことのない人と多数交流できるのが変な感覚だったから、とりあえず知り合いとだけやっていた。

 

 

 

大学2年生の頃か?

 

 

iPhoneにした。

 

 

そこからTwitterを知り

YouTubeを見るようになった

 

 

 

挫折した。

 

 

 

世界が一気に広がる感覚がありそうなものだけど

 

 

どちらかというと俺はネットによって、より一層、自分の殻に篭ることになった。

 

 

だって

 

 

大学のこの頃までドラムが上手いとチヤホヤされてたり、頭が良いとチヤホヤされてたのに

 

 

明らかに自分より上手い人がいて

 

 

明らかに自分よりより多くの物事を考えてる人たちが居たから。

 

 

 

 

とりあえず、22歳の時

 

 

俺は、一度挫折をした。

 

 

今日はここまで。

 

 

リョウマサヒロ