ドラッグ&ロックン・ロール

音楽活動報告、よく思考のまとめを行います

少しわかってきた頭の中7

1月くらい前の話で、良き友人としても接してくれている人生のある種本当に先輩にあたる、ドラマーの人と夜会をした時の事で、引っかかってた内容に一つ気づきがあった。

 

『今はアウトプットの時期なんじゃないか。』

 

 

という内容。

 

むしろインプットする方に頭がいっていないという話。

 

 

 

 

考えておかないと出会した時に面食らう内容

 

考えるより人に教わった方が話が早い内容

 

調べるより体験した方がいい内容

 

体験するには時代が進みすぎて、知ることしかできないような歴史の話

 

ふかく考察しなければ辿り着けない内容

 

研究しなければ発見できない事

 

 

 

 

 

インプットと一口に行っても、こんだけたくさんあるわけだ。

 

 

でもこれらって、考えるベースで考えて出てくる事柄

 

 

考える方が先に立つ

 

 

 

 

 

それよりもっと手前に、1クッションあったのが

 

 

 

 

「感じた事をそのまま拾う」過程

 

 

 

 

すっかりすっ飛ばしてしまっていた気がしたので

 

 

 

 

まずは先んじて、テキトーではないけど

 

 

考えなくてすみそうな、というよりインパクトの方が先に来てくれそうな物事を選んで時間を使ってみようと思った。

 

 

 

アホになる事が目標となった。

 

 

「うわっすげ!」

 

とか

 

 

「かっけえー」

 

 

とか

 

 

「なんか分からないけど凄くいいね」

 

 

とか、そういう方向のを求めてるのかな。

 

 

 

 

 

多くを学ぼうと頭を使ったところで、思ってるほど、「心には、」残ってない

 

 

ここがいつも不思議だ。

 

 

 

 

多くの事は論理的には説明のつくことも多いけど

 

 

何故それやったんすか?

 

とか

 

何故それ作ろうと思ったんすか?

 

 

を訪ねても

 

 

へーそうなんですね。

 

 

としかならない、本人でないとその重要性とか動機、魅力に気づけないところからスタートしてるわけか。なるほど。

 

 

 

村社会とか

 

インターネット時代以前の出来事や

 

フランス革命なんかを

 

少し勉強してて、今は途中で投げ出してる所なのだけど

 

 

 

 

だいたい、論理的にはこう、とか

 

その時代背景的にはこう

 

 

とわかっても

 

 

 

なんでそう"なった"のか大抵、なんでそう"だった"のか大抵

 

 

意味がわからずに終わる。

 

 

 

 

価値観や文化そのものがまるで今とは違うから

 

 

 

へーそうなんですね

 

 

の連続

 

 

 

それが自分にとっては非常に苦しかったけど、

 

 

『へーそうなんですね!』自体をなんだか楽しめる様な気がしてきてから、もう一回見てみよう、調べてみよう、読んでみようと思えてきた。

 

 

 

何故?何故?何故?の連続は、自分の価値観や予想を自分自身が超えられないと、結局、「納得できなかった」という結果が強くイメージとして残ってしまうなという

 

 

俺なりの教訓?なのかもしれない。

 

ここに辿り着くまでにずいぶんと時間がかかっちまった気がするけど

 

 

 

まぁ、良いよね。

 

 

 

 

リョウマサヒロ