ドラッグ&ロックン・ロール

音楽活動報告、よく思考のまとめを行います

宿る物があったはず

今日、ごくごく久しぶりにという感じで、何の目的もなく、会うことを目的として、先輩と2人で会う機会を頂いた。

 

朝起きて、風呂に入ろうとした時にふと、その人の事が頭に浮かんだ。

 

 

こういう感覚は2つ。

 

ひとつは、

 

謹んでお悔やみ申し上げます、的なお知らせが虫の知らせとしてあった時

 

 

もうひとつは

 

今俺にはこの人に会う事が必要だよ、とご先祖様か、神様か、あるいは亡くなった親友が教えてくれる時

 

この二つの場合、こういうサインがふってくる

 

胸騒ぎはない。

 

だとしたら、間違いなく後者の方だと思ったから、急な連絡で迷惑にならないか少し考えてから、連絡をした

 

 

 

 

すぐ、「いいね。」と返してくれたのがとてもありがたかった。

 

 

何を話したかは割愛したい。

 

 

久しぶりにお邪魔させてもらう中、慣れない副都心線と池袋乗り換えにだいぶ頭を悩ませながら

 

どんな話をしたいかなとぼんやり考えていた。

 

 

人混みはまだまだコロナの渦中前よりは、少ない池袋。

 

 

人と人の距離感を色々な意味で見直すきっかけをくれたこの数年間

 

 

自分にしか判断できない選択

 

 

抱え切れない負の感情を、音楽として変換するには、頻度が少なすぎたライブ

 

作品を作る事について真摯に向き合えてたら良いな、なんて思いも電車に乗ってて湧いてきた

 

 

つまるところ、会う

 

というだけでそういう事を思い出させてくれる先輩。

 

 

先輩はどんな数年間だったんだろう

 

俺には俺の話しかできないから、俺の話を聞いてもらおう。そして目一杯、甘えさせてもらえたら嬉しい。

 

 

そしてその中で答え合わせがほんの少しでも出来たら、有難い。

 

 

そんな感覚で、お会いした。

 

 

 

今まで人に話した事がなかった話をたくさんした。

 

 

「わかるよ。」

 

と言ってくれるだけで嬉しかった。

 

 

そのわかるよ、は、すでにその経験をした人のそれだった。

 

 

ああ、何度それを経験したんだろうか。

 

 

この人は、何度。

 

 

そう思うと、かなわないなと思うと同時に

 

 

どこか斜め上で、『俺もそれやりてー!』

 

とも、思った。もちのろん、簡単にできないし同じ事をやろうと思わない。できない。

 

でも、俺にできる事を、やる。

 

と、いう意味ではまだまだやれることは沢山あると思った。

 

 

同時に、本当に危険というのもあるよとも、教えて頂いた。

 

 

それは、きっと、その危険に近づける(あえて近づけると書いてるけれど)人は限られてるのも知っていて、近づけるだろうと思って貰えてるからだとも思った。

 

 

『確かに意味はあった。けど、これほどまでに辛くならなくても良かったとも思う。同じ道は辿らず、できれば君はもっと上手くやれるならやってほしい。オススメはできない。でもとても面白いよ。』

 

 

そうは、一言も言わなかったけど、たぶんそう言われてると思った。

 

 

 

帰り際

 

 

きた道を帰るわけだけど

 

 

視界が少し、狭まって見えた。

 

 

もう少し具体的には

 

視界は開けて、ピントが合い、他が滲んで見えた。

 

 

 

覚悟を決めろって

 

 

 

覚悟を決めた人は

 

 

簡単には言わないんだなと

 

 

深く頷きながら、久しぶりにイヤホンをせずに帰った。

 

 

 

「宿る物があったはずなんだよね。」

 

 

 

俺にはそう聴こえる台詞がたくさんあり

 

 

 

 

何か一つでも盗みたい。自分の物にしたい。

 

 

 

 

それと同時に、簡単には盗ませてくれない。奥深さというのも、答え合わせができた。

 

 

 

 

 

唐揚げ、ご馳走様でした。

 

 

記憶にの残る味がまた一つ、増えた気がきます。

 

 

リョウマサヒロ