ドラッグ&ロックン・ロール

音楽活動報告、よく思考のまとめを行います

【練習記録】ボイトレ

今日はボイトレだった。

 

ここしばらく人と話す機会が少なくなり、顔面の筋肉が落ちた感覚があった。

 

先生に見てもらい、続けてたトレーニングではそこまで苦労はなく。

 

ただ、歌になった瞬間に変なところが筋肉痛。

 

それを今回は解消?というより、歌う時の身体の使い方の意識の仕方を教えて頂きました。

 

理論を分解、再構築された方の教え方は本当に素晴らしいですね。

 

この問題の解決は、やはり体を使うことなので俺次第だけど、

 

その糸口はすぐに見つけて頂きました。

 

今日はこのあとスタジオでドラムを叩き、ゆっくり過ごすとしよう。

【練習記録】新しい事を学ぶのは

令和五年二月一日

 

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新しい課題に取り組み始めた。

 

いや、課題というよりは、成長できる気がするしなんか楽しそうだという遊びにも近い。

 

 

分かっているところとしては、僕が思っている「重力」というのは、本質とは程遠かったということ。そしてもしかして実はもっと奥深く凄いことが詰まってるらしい、という事。

 

なんかそういうのを見えてるっぽいからそれは俺も見たいというとても好奇心をくすぐられる内容は、いつだって何かしら自分を何処かに導いてくれてとても楽しい。

 

思ったところに着地するとは限らない。けど結局、やる前と後では何かしら成長してる。今のところ。

 

 

同時に、成長きてる気になって実は道半ばで分かった気になるのも怖い。

 

そこは慎重に行きたい。

 

 

 

 

 

 

実は手首をしばらく前に自ら壊した。

 

ただ、これはアクシデントではなく、まあやっぱりそうなるよな。という感覚付きなので今は全く問題ない。

 

「自ら」と言うのは、おそらくこれはこのまま行くとあまり良くないんだよな、でも負荷を掛けてでもこの音好きなんだよな、どこまで行けるかな。

 

と、試しちゃったのだ。すまん俺の手首。

 

結果としては、完全にぶっ壊れるのでなく、「壊れそう」止まりで済んだ。

 

 

 

この叩き方でどこまでも行けるだろうか?いや無理な気がする、でもあるいは壊さないのならばこれで突き進みたい。どの程度やると壊れるのか?という疑問があって壊れない事を半ば願いつつやっていた。まあダメでした。

 

こう言う自分等を実験台にしがちなのはもう一つの職種ではそれなりにある話だけど、そう言う問題でもない気もする。こういうので取り返しにならない事になるケースもあるのは知っているので、ほどほどにしようと思う。今回はたまたま収穫が多かっただけで済んだだけだろう。絶対に人にはオススメ出来ない。何故なら、一応自分では本当にやばいパターンの痛みとそうでない痛みの区別が、ある程度出来るところまで来てのこのマッドな実験だからだ。

 

 

 

 

しかし案の定、オーバーワークすればどんなものだって、身体はダメージを受けるからオーバーワークには気をつけた方が良い。あるいは、メンテナンスする方法が別にあれば良いと言う事にたどり着いた。もちろん軽いダメージのうちにだ。壊してからでは案の定遅い。

 

 

 

 

目的はそれで出る音がカッコ良いからそれをさらにブラッシュアップしたいという、シンプルな気持ち。しかしそれには限界はあった。ただし塩梅で使い分ければ個性になるとも思った。

 

 

けど流石にそれ以上は無理っすー!という体の悲鳴。

 

 

 

結果としては、ある程度壊れる限界まで行くところまで行って、従来の方法に固執した場合はこうなるよ、の限界値を知れたという収穫があったので

 

現在新しい方法を取り組んでいる。

 

そうだ、その中でね

 

色々なスティックを試す機会もあり、これじゃなきゃダメなんだという拘りを捨ててみた結果

 

この音はこれだと出しやすい、こう扱いやすい。でもこういうのに注意。という副産物も回収した。

 

 

そんな練習を今日はした。

 

動画を見返すのが非常に楽しい。

叩いてる時の感覚と、実際を比べて、その擦り合わせは試してる事がある時ほど見てて楽しいものだ。

 

 

余談だけど

 

そんな事を思ってスタジオに入った後、この日は2人のドラマーとお会いした。

 

 

 

ここから先は本当に余談なのだけど

 

 

 

 

ある人は、「相談」という目的だった。

 

その人は俺と話したいという事で呼んでくれた。

 

会ってみて思った。「確かに、それならば俺にもまだ話せる事がある。」と思った内容の相談だった。

 

もう一つの仕事を頑張っていて良かったなと思った瞬間だった。

 

ただ、内容が相談なだけにあまりこれについては触れないでおこう。

 

とにかく聞けて、話せて良かったと思ってる事だけは書いておこう。

 

 

 

 

 

 

もう1人は、特に示し合わせたわけではないけれど、僕から誘った人。

 

他愛無い話ではなく、

 

大体いつも、俺にとって非常に興味深い話をできる人で、どちらかというと先ほどみたいに「俺にも話せることがある」という内容ではなくて、逆に「俺はこう思うのだけど果たしてこれってどうなのだろう?」という自分にとっては何も結論が出てないし確定すらしていない内容を伝えて、それに対して会話がどんどん盛り上がって成り立っていく感覚。

 

 

 

こういう事を話せるのって、意外とそんなに多くないらしい。

 

確かにそうだ。

 

俺としては十分ありがたいくらいいつもそういう経験をしてるのだけど、一方で、皆はそういう経験を出来てないのかと言えば、そんな事ないんじゃないかとも思う。というか、皆の事は分からない。たぶん褒められてるんだけど、それを素直に受け取らずにちょっと捻くれた有り難みの表現をする所がある。まあ治す気ないけど、分かってくれてると思うから治す気がないだけかも。

 

ただ、やっぱりそんな事言われたらまた話したくなっちゃう。嬉しいじゃないか。だって、普段はそんな事を考えたとて他人に話してもあんまり意味が2人の間に生まれない話の内容だったりするからだ。

 

話の内容を変われば、より多くの人と話す事ができる。ただ、この手の話をするにはやはりあの人というのが、俺にもあるらしい。

 

 

 

 

 

そういえば、左手について話すのを忘れた。これは俺にとっては由々しき事態なのだ。

 

そう、それについて話したい事があったんだった。ぶっちゃけ楽しくて完全に忘れてた。

 

以前彼には、昔出していたであろう音も、今の音とまた一味違ってすごく良かったよという話をしたのだ。

 

別に今がダメというわけでなく、僕もそうなのだけど、昔やってた内容から進化しようとすると、前やってた内容を再現できなくなったりする事があるけど、それってとても勿体ないなと感じる事が多いのだ。もしかしてそうなのかな?と思って話したのがキッカケだ。

 

(そうでなかったとしても、ドラムが大好きな彼は話を真剣に聴いてくれたと思うけど)

 

個人的に思うことはとしては

 

できる限り、何故そうなっててその動きで、その結果この音になるのかと言うのは、少なくとも自分の演奏においては後で立ち帰る時にも、それを表現として精度を上げて繰り出す時にも、必要な過程だと思う。そこは探究心を満たされる所でもあって、なお楽しい。

 

 

 

音楽である以上、別にやり方に正解はない。やり方から導かれる結果が違うというだけの話なのだとしたら、再現できるのであれば色々な表現が再現できた方がいいと思う。せっかく進化しようとするのなら、進化後と進化前どちらも身につけちゃえたら最高だ。一個進化したら進化前に覚えてた技は忘れてしまって思い出せないなんて仕様はポケモンだけで十分だ。

 

俺は少なくとも、進化前の方法が出来なくなるのは非常に勿体無いと思う経験がたくさんあった。だからそれを解消するために昔に立ち帰るという事も良くやっている。立ち返るためには少なくとも自分の中では体系化されてる必要がある。

 

そんな事を以前確か伝えた上で、(伝え忘れてたらごめんなさい)何か役に立てるなら僕もあれが何故良かったのか、何故あの音になっていたのかのヒントになりたい。という気持ちがあったのだ。本当にかなり好きな音だったのだ。そういうのをいらないと思ってる人ならこういう話はしないのだけど、そうではなかったから嬉しい。

 

彼もそれを快く聞いてくれていると思う。

 

 

それを話しそびれたのが非常に、悔しい。

鮮度が落ちるときっと伝える内容が変わってしまう。

 

でもまあ、次は次で面白いだろう。

 

 

次あったら必ずそれについて話したいと思う。

 

 

本当はこの辺でやめないと長すぎて逆に表現としてもくどいし、ただの日記にしては読み返すのが面倒くささすぎるからもはや意味がなくなってるんだけど、もういいや。

 

 

という事でもう少し書いちゃおう。

 

 

そういえば、話した場所はどちらも喫茶店だった。

後半の方は、ジャズ喫茶だった。

 

そのジャズ喫茶は割と行く方で、僕にしてはリピート率が高い。音が好きな場所だ。この場に限らず音楽が流れる場所で人と話す時、時折話すのに対してBGMが大きすぎると感じる事があるけれど、何故かそこで流れるジャズは、うるさいと感じるラインはギリギリ超えず、音がしっかり耳に入ってくるなあと感じる所の絶妙なバランス感覚があるお店だ。

 

たぶん、

 

音が立体的に聞けるアナログのレコードのいい所だ。再生機器の音量を変えずとも、しっかりとした音量差が、ただ音量の差だけではなくて、例えば音が飛んでくるとか、前に居るとか、下にいるとか、後ろに下がったとか、そういう言葉で表現したくなるような、まるで包まれてるような感覚で体験できるのが凄くいい。

 

 

ちなみに、話に夢中になるとBGMが本当に意識から消えて、あたかも聴こえてない錯覚に陥る。人間の耳と脳というのは、精巧に作られてるのか、そうでないのか、毎回不思議な感覚になる。

 

「結構な音量で流れてるな」と、ふと相手がトイレに行った時に気付いた時なんかは、本当に話が面白かったんだなあとか、嬉しい気持ちになる。

 

 

次回会う時は、どんな話ができるのだろうか。

 

 

 

【練習記録】師匠

令和五年一月三十日

 

この日は師匠 a.k.a リズム塾

 

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今のままでも別に良いのだけれど、俺が良くない。だから疑問をぶつけて、全力解答を頂く。

 

一見強面、自覚もある2人だけど

 

こんな感じでよく笑う。

 

僕より常に先を歩く師匠、パートがベースで本当に良かったと思う。

 

僕より常に先を歩く師匠

 

いつもありがとうございます。

 

 

 

『モニュメント』

令和4年12月11日

 

音源を出して、それと共に日本国内の色々な所で遠征ライブを経験させてくれて、自分の数年を費やせたバンドがこの日、あろう事か自分達のためにやったワンマンライブをたくさんの人に見てもらうというワガママまで体験させてくれた。

 

 

この日から遡って約7年前の2015年の夏頃

 

元々やってた自分のバンドがあまり音楽活動をできなくなり、自分も身体を盛大に壊してしまって内臓は炎症だらけ、おまけに杖をついて歩いてたあの暗黒時代を過ぎて、自分の足で立って歩けるようになった頃だ。ちょうどリハビリを始めて6ヶ月と言う頃だった。もう今までみたいに音楽ができないかもと医者に言われ、それに抗うように生きていた頃があった。身体は次第にゆっくりゆっくりよくなるにつれて、音楽からはどんどん遠くなる生活。音楽ができない事に怒りと情けなさを全身に走らせて、腐りに腐ってた自分。

 

 

 

やっと言うことを聞くような身体を押して、以前のように新宿アンチノックに友達のライブを見に行っていた。自分の状況は、少なくとも当時そこで勤務してたスタッフや、出入りしてた音楽仲間は知ってたから、またドラム叩けるよって励ましの言葉を貰っていた気がする。

 

 

またドラム叩けるよなんて、満足に叩けてるやつには決して発しないセリフ。当時の俺は有り難みを感じつつも、可哀想なやつ扱いされてるのが本当に嫌だった。

 

改装する前のあのアンチノックの低いカウンターで、腐りながらコーラを飲んでた時だ。

 

おつかれさまぁー!!!!

 

と、いつものように握力マックスで挨拶の握手をして来たロン毛。

 

内心、痛ってえな、この人なんでいつもこんな力入れんだよ

 

と思いながら「お疲れ様っす。」と返したのを今でも覚えている。

 

それがシノブモトーリだ。シノブさんも御多分に洩れず、心配して声かけてきてくれたんだろうって思った。でもそしたら違った。

 

「身体どう?バンドのみんなは元気?バンド活動できてるの?え?できてないの?じゃあうちで叩く?いやー前から良いと思ってたんだ。」

 

実際はもっと丁寧で言葉も綺麗だし、慎重にものを話す人だ。だからこんな言い方はたぶんしてないと思うけど、予想してなかった話題に俺の頭の中ではこう聴こえてた。

 

コレが俺が救われた日の事。

 

 

 

その後、間も無くして音源をもらって、聴き込んで、スタジオワークの日取りをLINEでやり取りした。実家の、母親が丁寧に手入れしたベランダでよく1stEPを聴いてたのを覚えてる。

 

始めてのスタジオは下北沢だった。

スタジオの後にカラオケに行ったのを覚えてる。

 

 

 

その年の9月、ライブをした。

 

少なく見積もっても、俺の中ではそれ相応のキャリアがある人で、自分がサポートする前から良いライブをしてたから、お客さんの期待に応えられるかを考えていた。万全の身体ならまだしも、ドラムに関して言えばリハビリ半ば。前みたいにドカスカ叩けない。

 

ライブ自体はあんまり覚えてないけど好評だったような気がする。

 

 

そこから俺は、東京に引っ越した。当然のごとく身体を壊したから働けず既に退職して、リハビリばっかりやってた無職なのに、東京に引っ越した。今思えばアホだと思う。

 

 

でもそれからだ。様々なバンドさん/アーティスト様からサポートして欲しいと言う話が来始めた。

 

もちろん、その頃からサポートして今でも続いてるのは1割程度。みんな辞めたり、他の正規メンバーが見つかったり、そもそも当時俺が相当下手くそだったから話が続かなかったのか、俺の性格が良くなかったのか、真相は分からないけど、とにかく色々やって色々失敗した。

 

その間もSMGはライブをやり続けた。

 

 

そんな中で俺の中で一つの気持ちが芽生えた。

 

この人の歌の横でドラムを叩くべきなのはどう考えても俺だけだ。他の人じゃない。

 

 

だから、俺はSMGに加入すると言った。

その時聴いた話じゃ、シノブさんが40歳になったらバンドを解散すると言う話もした。

 

からしたら寝耳に水だ。加入するって言ってるのに解散する話をされた。当時の俺はフザケンナって心中穏やかではなかった。だからだろうか、お互いの身の上話をする為に井の頭公園に夜な夜な出向いて話した。

 

話してみてよく分かった。納得した上で改めてやりたいと思った。

 

 

皆に加入を告げたのは2018年7月26日

 

 

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コレは俺の勲章。

 

 

この日、十二月二十三日と言うバンドが活動休止ライブだった。

 

 

そこから、色々あった。2人で怒鳴り合ってケンカした事がある。俺はそれが嬉しかった。

 

俺らが俺らのために俺らなりにやるべき事でなくやりたい事をやれたら気がする。今振り返っても相当ワガママに自由気ままに音楽をやれた。

 

 

後にも先にもこんなバンドは二度とない。

 

 

そもそも、Groupって言ってるのにメンバーは2人、曲のBPMなんてライブで一度も守った事はない。毎年ライブのBPMは遅くなり粘り強く粘り強く演奏した。

 

 

SMGの曲はいつか止まる』

 

曲が遅すぎて、お客さんの口から出た台詞。愛があるなと思った。

 

 

それで良かった。

 

 

やりたくない事はライブでやらない。コレに限る。

 

やりたいことをやるより、やりたくないことを削ぎ落とすことの方がよっぽど難しい。

 

 

 

俺は当初、コーラスをするのが大嫌いだった。

 

 

うまく出来なかったからだ。でも音源では違う。あった方が良い。

 

 

2018〜2019年 紫雲英蒔くepリリースツアーをした。色々なライブハウスに友達が出来た気がする。

 

2020年、間-AWAIE-という曲をMVでリリースした。

 

そして3年ぶりに

 

2023年1月14日

Shinobu Motoori  Group

最後の作品

『モニュメント』

配信開始した。

 

1.流血のフロンティア

2.Ritual

3.ねぎらいのサイレン

4.おまけ

 

 

 

 

ライブ活動が終了した俺たちにとっては

サブスクリプション限定という形でしかリリースできない。

 

http://linkco.re/dabhsHx9

 

 

 

ねぎらいのサイレンは、1stEP.に素晴らしい音源が残っているけど、最後の最後に、俺たち2人の音源が欲しかった。俺が、欲しかった。

 

 

 

 

大切な事だからもう一度。

 

 

後にも先にもこんなライブをやるバンドは二度と出てこない。

 

 

 

 

 

今回の音源はその一部の記録として、誰よりも俺が1番ワクワクしてる。

 

 

 

 

良かったら皆さんも是非、たくさん聴いて下さい。

 

7年と6ヶ月

 

皆さん本当にお世話になりました。

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

Shinobu Motoori Group

リョウマサヒロ

 

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謹賀新年【挨拶】

あけましておめでとうございます

 

2023年のリョウマサヒロもよろしくお願いします。

 

去年1年間を振り返りつつ、今年の事を漠然と考えると

 

 

去年を振り返る時、"僕は自分を褒めてやりたい"と言えるような1年間になったなと感じています。

 

これは、何かを達成したとか、すごい事をやったとかと言うタイプのそれではなく、どちらかと言えばよくもまあ自分の体に無意識に刻まれてる信念めいたものに背かずにやり通せたなというのタイプのそれです。

 

 

安い言い方をすれば去年よりさらに人間的な成長を自己認識してると言う事です。

 

 

それは去年1年間を総括した結果まとめるとこう言う事、と言う内容です。

 

仕事の方は以前書いた通りで、それをやりつつ音楽でも自分にとっては予定していたよりも多くの作品に関われました。

 

レコーディングや作曲に関わった物を今、振り返りながら聴きながらこれを書いているけれど

 

17曲くらいかな、まだリリースされてないけど関わる事ができて、この先、順次それが発表されていくんだなと思うと、今年が楽しみでしかありません。

 

と言ってもこの数字自体には全く意味がなく、どちらかと言えば真っ向から向き合う時間をとれた事自体恵まれたと思います。

 

 

経験値として換算するともっと多くの作品制作に携わる事ができたので、本当にありがたい話です。

 

 

それと同時にまあまあな感じでこれが裂ける時間のリソースの限界かなってくらいの生活スタイルでした。これ以上は去年の感じだと無理だったなと思ったりもします。

 

 

数をこなしゃ良いと言うわけでは無い一方で、数をこなさないと見えてこないし得られないものがある普遍性。この1年はそれらひとつ一つに自分でも言い切れるくらい打ち込めたのは、やりきったなというこの一年の読後感に繋がっています。

 

 

リリース、個人としてもバンドとしても、どのベクトルでも楽しみにしていてほしいです。

 

 

それと同時に今年は友人に誘ってもらってポッドキャストという事にも挑戦する事ができました。

 

 

薬剤師という職業の方や、会社の役員という方面でも挑戦するタイミングが幸いな事に多く舞い込んで来たなと記憶しています。

 

 

 

 

総括して本当にいい1年間でした。

 

 

 

また、いろいろな意味で別れと出会いがあり、さまざまな意味で終わった事もあります。

 

 

そこでは終わらせ方の大切さを痛感しましたね。

 

はらわた煮え繰り返る事も沢山あったし

 

他人に流されそうになる自分とも対面した

 

肝を冷やした出来事も沢山あった

 

それらを経験し乗り越えてなお思う事は

 

 

必死に生きる事ができた実感を握りしめて年明けを迎える事ができました。

 

 

それに、自分がキツかった時にそばに居てくれた人にも感謝を伝えたい。

 

 

それと同時にキツい時にそばにいる事が出来た経験にも、感謝したい。

 

 

 

 

そして今年は

 

 

どんな一年にしたいだろうか

 

 

やっている事のブラッシュアップもそうだけど

 

 

やった事がない事にも挑戦してみたいですね。

 

音楽でも薬剤師でも

自分の表現の幅を増やしたいと言う欲求が常にあり

 

それを挑戦やトライ、実行することで得る機会を増やしたい。

 

 

練習や勉強で得れるものをという話でなく、既に得たそれを、実践して研修して体得に繋げて行きたいという事。

 

それから

 

 

引き続き、他人の価値観に踊らされる事のないよう心がけ

 

 

自分の生きたいように生きようと思います。

 

 

去年1年間は初めて挑戦する内容というのが非常に多かったので

 

 

今年は経験して得た事をさらに実践でブラッシュアップする機会も獲得していきたいですね。

 

反復、と言い換えても、良いかも。

 

 

他人に自分の人生の何かを決めさせるというのは俺的俺による俺の為だけのルールブックによれば、超愚行。コレだけは自分には少なくとも、犯さぬように生きる。これも一つには大切かもしれません。

 

 

 

今年の抱負という漠然としたものは、意外と思い浮かばないけれど、その代わりに具体的にやりたい事が沢山見えている。

 

 

 

何においてもそうだけど

 

見えたらあとはそれに向かって動くだけだよね?ってかそれしか人生でやる必要性を感じる事なんてないよね?それやらなかったら嘘だよね?

 

 

という話をついさっき、年明けのタイミングに年が明けた事にも気付かずに友人と熱心に話していました。

 

 

いい年の締めくくりと共に新年のスタートを切れた事に感謝しつつ

 

 

 

正月をまずはゆっくり過ごす事に充てようと思います。

 

 

 

リョウマサヒロ

 

 

 

 

 

 

 

 

夜会

今日は、音楽仲間であり、良き友人であり、尊敬する先輩である人と夜会でした。

 

遊びにいく、というよりも、夜会に行く、というのにワクワク感を覚えるのだけれど、この表現、伝わりますかね。

 

とにかくそういう意味で、今日も夜会でした。

 

会う時は、毎回前回の夜会から何かしら話題が広がっているのがすごく嬉しいです。

 

ドラマー同士なのにドラムの話をあまりしないのは、その人そのものに興味があり、その人の歴史にも興味があるからだなあなんて思いながら書いてます。なんと表現すれば良いかはあまり分からず、とにかく、楽しいなあ、と思いながら話に夢中になれるのが心地よい時間です。

 

あっという間に時間が過ぎていく時間軸はゲームをしてる時のそれよりも遥かに潤沢で、今後も続けていけたら良いなと思います。

 

 

 

 

 

話題が尽きないというのは、話したい事があるということもあるけれど、どんどん興味が湧いてくる心の表れだと思います。

 

 

そういうふうに思える時間というのは、今となってはとても珍しい。

 

 

これは人にうまく伝わるかわかりませんが、下手くそなりに敬語を使いながら、それでもなんの苦なく時間が過ぎていくのは

 

 

結構、僕にとっては珍しい事です。

 

 

 

僕がこの夜会が楽しみなのは、お互いの歴史を少しずつ知った上で弾む会話がそこに確かに存在するからです。

 

 

そして、相手の根本的な考え方に触れた時に、嫌だなと思う部分がかなり少ないというのもあります。

 

 

これはシンプルに人と人の相性の話ですが、同時に共通点も多く感じるからでもあります。

 

 

共通点というのは、個人的には、全く違うように思えるから見付けたくなるもので、

 

 

ぱっと見で似てるものにはわざわざ共通点を見つけようという気にはなりません。

 

 

あくまでも僕はですが、僕とは違う人に惹かれる傾向があり

 

 

違うと思っていた人に共通点を見つけられるととても嬉しい。

 

 

そして同時に、その人がなぜそうなのかという背景や歴史に触れられた時、さらに興味が湧きます。

 

 

そのような夜会が、今日確かにあったんですよ。

 

 

 

前に僕が友人とやっている無責任ロジカルームというポッドキャストでも話した事がありますが

 

 

 

僕はライブの前夜は好きな事を好きなだけやって過ごす

 

 

というのがバイオリズムに刻まれていて

 

 

 

明日、ライブなのですが

 

 

 

良い演奏が出来そうです。

 

 

 

 

リョウマサヒロ