ドラッグ&ロックン・ロール

音楽活動報告、よく思考のまとめを行います

#一蓮托生

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(※こちらは終了したイベントの日記です)

 

改めまして、計6日間のイベント、お疲れ様でした。LANPAZIE柴田さん、お疲れ様です。

大塚MEETS長谷部店長は運営兼DOSTRIKEでの出演お疲れ様です。そして、PA八木さん、全日程本気にありがとうございました。


僕は初日、REPEATERとLANPAZIEで。最終日にはLANPAZIEとShinobu Motoori Groupで参加し、5日目をギリギリ見にいけました。

 

その中で唯一思った事は、みんなコロナ禍で仕上げて来たな。って事でした。皆、自信と確信があるから一切キャンセルが出なかった。流石でした。

 

このイベントに向けてのトークイベントで一蓮托生が発足した当初の事を聞き、また過去のイベントに参加して見てきた事、そして去年やるはずだった1週間ぶっ通しの企画が期限未定の延期になった事、そして今回完走しきった事。

 

知らず知らずのうちに刷り込まれていた、「今年もやってきた」感が去年なかった事の意味。

 

顔を合わせていない間に何をやって来たかがわかってしまうステージ。

 

深く話せばきっと各々、生活で変わった事や周りに起きた事はあると思う。

 

けれども何食わぬ顔して皆、いつも以上にいつも通りにライブを行う重心低めな姿勢。

 

うわついた人が周りに見当たらない、皆の目がこう語る。演者、お客さん、スタッフ、そんなの関係なく

 

『俺は、私は、ここに居ていい。』

 

そんな場を作り上げて頂いたのだと思うと同時に、僕はただその日そこに来ただけの人。

 

配信をやらなかった選択肢、本当に嬉しかった。

 

便利な世の中になったからこそ改めて見えて来た、普遍的な価値"来たら見れる"という条件付きのナマモノ。

 

演者からしたらある種の通過点かもしれないし、禊ぎだった人もいたかもしれず、目標地点だった人もいたかもしれないし、初めての経験をした人もいるかもしれないし、日常だった人も居たかもしれない。

 

 

来て早々、

「やっぱ酒飲みたいよな」

 

が聴こえてくるフロアでは、イベントが終わる頃には皆満足して帰っている様に見えた。

 

 

 

かく言う僕にとってはというと、あんまり分かってない。分かってないけど分からないわけじゃない。

 

答え合わせが出来た。

 

初めての経験でもなく、通過点でもなく、目標でもない。カッコ悪い言い方をすれば、

 

 

「また来たよこのイベント疲れるんだよな。」

 

が先に来る。

 

そしてやり終えたら

 

「終わっちゃったなぁ…」

 

がやっぱり来る。

 

案の定、終わった翌日は清々しい気持ちで目覚め、3歩ほど歩いて全身が痛い事に気付いた。

 

きっとこの身体の痛みが消えてる頃には、またやりたいなぁって思ってるんだろうな。

 

リョウマサヒロ

人との向き合い方や役割を見誤った話

(これは自分に向けた仕事の話です。)

 

監督責任、管理責任、地域連携、保険点数、売り上げを上げる事

 

今日はオーナーと話し合った。

 

僕は、何かあった時に僕が全て責任を取れるように、システムを構築しようと躍起になった。

 

コロナ禍で、地域連携に参画しようと重点を置いた。

 

現場に人手が必要だから、新しく人を雇う算段を立て、

 

経費の使い方を見直し、無駄を省き、売り上げが立つように設計し、従業員に還元できるシステムの基礎を作ろうと

 

躍起になっていた。

 

その結果、ストレスが溜まり、人相が変わり、重圧に耐えるので精一杯になり

 

その後ろ姿を見た従業員は、1人、良い意味で変わり始めて人もいたけれど

 

そのかわり、僕が仕事を抱えすぎたせいで、僕の時間もなくなり、従業員とコミュニケーションをとる時間が取れなくなっていった。

 

僕は1人で仕事をしているんじゃないだろう。

 

なのに何故、こうなったんだろう。

 

僕はもっと人とよくコミュニケーションを取る時間を持つ方が良い、そんな気がした。

 

目を見て話す時間が、ずいぶん減ったなぁ。

 

皆僕の仕事量を見て、気を遣ってくれてるのがわかった。

 

それは1番良くない管理者だとふと思った。何かあった時に何か話せなければいけない。

 

ずっと現場で傭兵をやりすぎたせいかもしれない。

 

従業員を大切に思ってたつもりで、実は本質的にズレていたと、反省する夜。

分不相応

 

 

『弱音は吐くな。ダセェから。』今まで関わって下すったロックの諸先輩方や仲間の後ろ姿から散々教えられてきた。

 

そう言葉で言われたわけじゃない。

 

けど確かに背中は、そう言っていた気がしてる。

 

失敗

それは、大抵、自分の立ち振る舞いや、能力不足。

 

どんなに考えたとしても、必ずそこに行き着く。

 

受け入れる頭と、それを上手くこなせない心。

 

ダサい。

 

絶対に弱音を吐かず、絶対に何があっても怒らない。

 

そう決めて毎日家を出るが、そうは上手くいない。

 

今夜も、ダサさ認めるところから夜が始まる。

 

分不相応というのか?この言葉の意味をあんまり正確に知らないけど

 

 

ダサさを認めるところから始まる夜は、何度目だ?

偽りのない世界

 

 

は、探そうと思うとなかなか見つからない。見つけられるかもしれないけれど、なかなか渋い。

 

だから、作る方が早いのだろう。

 

真実と事実も違うし、人によっちゃ、なんて大前提も含めたら、見て同じ様に感じる事なんてなかなか見つからない。

 

たしかに、だいたいこういう感じ、っていうのはある気はするけど。

 

物事を自分目線で切り取るよりも、杓子定規が通用する場所を作ることも一つの選択肢だろう。

 

そうやって皆々さんが作った場所が、脅かされてるんだろう、今。

 

例えば、そうだな

 

「今自分には店と物と従業員とこの場所を利用する人達に責任がある。」

 

ザックリこんな感じとして

 

そんな立場に居る時、もしその場所が脅かされたとしたら、いったいどういう行動するだろうな。

 

今の世の中に当てはめて考えてみるわけだ。

 

僕の場合、ふと真っ先に思い浮かぶのは、従業員の顔

 

その次に利用してくれてる人

 

最後に自分の生活

 

 

なんて、そんな綺麗な順序になんてならん。

 

何もする前は、この順序になるだろうなって想像していたと思う。だがしかし。今となっては、もっと複雑。

 

ふざけんじゃねぇよって、言う暇はおそらく無い。

 

1人になった時にしっぽり家の隅っこで吐き捨てるのが精一杯だろうな。

 

幸いうちの被害は、今の所最小限に留まってる。

留めてるんじゃなく、留まってる。が正解で、それ以外はほとんど運だ。

 

ただし運といっても、全てがギャンブルみたいなわけじゃない、ある程度予測する部分はあって、事前に動く。けどその予想が当たるか外れるかは割と運だ。

 

しかし動かなければ当たるものも当たらん。というのがおそらくうまく説明できてると思う。

 

初めに戻ると、偽りのない世界が、必ずしもいいかと言えば、そりゃどうなんだろうな、とも思う。

 

今自分には

 

食わせなきゃいけない従業員がいる。

 

そしてそこを利用する人達が安心できなきゃならない。

 

おそらく、雇われてる人と、雇ってる人ではまるで目線が違う。

 

 

違わないと、ぶっつぶれる。

 

目は多い方が良い。

 

その目線が完璧に交わることはあっても、重ならない方がきっと良い。

 

個人的には、従業員には、必死に、自分の生活の事を考えていて欲しい。

 

もちろんそこに、店の心配してくれても良いんだけど、そこの基準はガッツリ自分であってくれればくれるほど良い。

 

「私の生活大丈夫だよね?給料払われるよな?仕事なくならないよね?」

 

そんな事をマジで本気で考えてくれてさえすれば

 

後のことはこっちでなんとかする。ザックリそんな感じだ。

 

世の中がこうなると、ぶっちゃけ従業員個々をじっくり見てやる時間はどんどん減っていく。

 

だから自分の生活の心配はガッツリしてくれ。家族のことや家の事を心配して、金の心配をしててくれ。店の心配はするな、なんとかするから。

 

そんな気持ちが毎日続く。

 

 

このご時世で雇う側始めるなんて、自分でもどうかしてると思うもんな。

 

人と話が合う事なんて、そうそう無くなってくるわけだ。

 

なんだっけ?組織図でさ、経営者に近くなればなるほど孤独になっていくってやつか?誰だっけなスッゲー人が言ってた言葉だったかな。

 

 

本当、なんなんだかね、同じ人間のはずなのにな。やってることが違えばまるで違う人間だ。こうも変わるのか。勉強になった。

 

 

 

 

リョウマサヒロ

まきしましょうご

槙島聖護って皆さん知ってます?

 

聖なる加護ってかいて「しょうご」

 

めちゃくちゃカッコいい。

 

この人はPSYCHO-PASSというアニメのシーズン1に出てくるキーパーソン。

 

PSYCHO-PASSというのは、世界をある一つのシステム、通称シビュラシステムという優秀な人間の頭脳の複合体に管理させ、世の中の人間を管理統括する世界の物語。

 

ある意味、物語の舞台であるこの世界の理そのものと言っても過言ではないこのシステムは、人間の脳みそを並列化して大きな頭脳を作り出すというとてもシンプルな構造で出来てます。

 

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いわば世界を支配する方法の一つの案をアニメで具体化したものです。

 

これはスーパーコンピュータによる演算ではなく人間の頭脳が使われているという点において、とてもユニークな世界観を描かれたアニメです。

 

この世界のルールは大体3つ

・シビュラシステムにより個の人間の人生をガイドする

 

・世界を支配するために人間の思考を犯罪係数として数値化し、平和を乱す思考中の脳波の様な物を検出し摘発する

 

・シビュラシステムが世界のルール

 

シビュラシステムは人間を外側から理解し、判断し、導き、裁くためのシステムでもあり、現代における法律や裁判の概念から、統治という政治的側面を全て担っています。アニメの主な軸は、人間の犯罪にフォーカスされ、犯罪を駆逐していくという側面で描かれます。

 

犯罪者の駆逐は公安局という組織が行います。

 

犯罪係数という脳波なる物の上昇を感知し、今で言う所の警察官がその犯罪現場へ急行、サイマティックスキャナーという犯罪係数を読み取る機能がついている、ドミネーターという拳銃の様な物で犯罪者の思考を遠隔で読み取り、

 

その内容により、

捕縛

攻撃

射殺

のどれかがシビュラシステムを通じてサイマティックスキャナーで決断された内容をドミネーターで執行するという物です。

 

なので犯罪者と直接対峙する人を執行官と言い

 

その執行官は潜在的な思考回路や思考パターン、思想や価値観が犯罪者のそれと近いとシビュラに判断された人達を元に構成されています。

 

そう言う人達は潜在犯と言います。

 

この世界で潜在犯として描かれる人達は人並外れた何かしらの特技を持つ事が多く、犯罪者と退治する上で重要な能力を持つ事が多い為、執行官として働く事が許されるわけです。

 

一方で、公安局という権力組織に属していながら、協調性に欠けた人物像で描かれる事が多い。

 

そしてその潜在犯から構成される執行官に秩序を教育し、管理し、命令する役割の監視官という人が、一つのチームを束ねています。

 

シビュラシステムの下した決定を実際に遂行するかどうかと言うのは、時に現場判断です。その判断に責任を負うのが監視官の役割であり、監視官の命令や指示、又はシビュラシステムの判決に従って執行を実行するのが執行官。

 

シビュラシステムが絶対のルールという中で成り立つ、いわば刑事ものアニメです。

 

この世界では、サイマティックスキャナーが犯罪係数を計測し、シビュラシステムが殺して良いと判断した場合、

 

「人間が人間を正当に殺して良い世界」

 

でもあります。そして殺して良いかどうかを判断してるのは自分ではなく、シビュラだという免責の意識が根付いています。

 

引き金を引いたのがたとえ自分でも、シビュラが殺せと言ったから、殺す。

 

そんな世界です。

 

 

しかしこのシビュラシステムには致命的な欠陥があり

 

それは

 

「シビュラシステムが人間の頭脳の複合体であるが故に一定数の理解できない人間がどうしても存在する。」

 

これはシビュラシステムを絶対とした世界において、判断できない例外がある事自体が、論理と世界のルールの崩壊を意味するので、人々には知られたくない事実です。

 

なのでシビュラシステムの中枢に関わる人達と、その関係者以外には知られていません。(物語が進むにつれて当たり前のようにそういう人が出てくるのは割愛)

 

そして、そのシビュラシステムの管理の網をくぐり抜けてしまう人達のことを

 

免罪体質といいます。

 

免罪体質というのは、現代における思想犯にも近いところがあると僕は思っていて

 

「その複雑かつ信念のある思想を善悪で判断できない。」

 

という人間の正義と悪の矛盾をここに落とし込めてる様に感じます。

 

先ほど名前をあげた槙島聖護はこの免罪体質を持った人間です。

 

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彼の思想は

 

「シビュラ社会の破壊」

 

その根源は

 

「シビュラシステムは人から自由を奪った監獄そのもの」

という論理です。

 

人物像としては冷酷そのもので、人を殺すことに罪悪感を感じていません。しかし免罪体質故に、人を殺したとしても犯罪係数は上がらず、シビュラは執行対象として認識できません。

 

つまり、これはシビュラが免罪体質の人物のことを理解できないからなのです。

 

 

 

彼がなぜ免罪体質なのかはわかりませんが、彼は作中でこう述べます。

 

「僕を裁けるものがいるとしたら、それは…自らの意志で人殺しになれる奴だけだ」

 

「誰だって孤独だ。誰だって虚ろだ。もう誰も他人を必要としない。どんな才能もスペアが見つかる。どんな関係も取り換えがきく。そんな世界に飽きていた。」

 

 

「君たちは一体、何を基準に善と悪を選り分けているんだろうね?」

 

彼は、シビュラが全てを判断する様になり、人間の自由意志がことごとく侵されて言ってることを作中で常に指摘しています。

 

目の前で、本当におかしいと自分が思う事があっても、シビュラがそう判断しなければ止める事ができない。自分がおかしいと思わなくても、シビュラが判断したら裁かなければならない世の中。

 

人間の適正をシビュラが正確に理解し、向いてる職業や付き合うべき人間を選ぶ様になり、次第に人々はシビュラの判断の通りに動けば生きやすい世界に行き着くと刷り込まれていく世界。

 

そしていつしか、人々は個性を失い、人間の本来持つ資質のみが考慮され、都合の悪い部分がなくなっていった結果、生きやすいけれど自由がなく、考え方までが平坦化した世界。

 

生きやすく生き続けれる様になり、誰からも好かれる様になった人間の中には、何者でもない空っぽの人間が出来上がった世界。

 

 

 

 

僕は槙島聖護というキャラクターが好きです。

 

彼の指摘する発言や、PSYCHO-PASSという世界におけるこの没個性化は、

 

今の社会で生きてきて多分に感じる事でもある。

 

自分自身で考えて、調べて、選び、善悪を判断し、思想を持ち行動しているつもりでいても

 

実は数多くの他人の言葉や思考、世の中の風潮に惑わされ、じつは流されてる事に気付かずに本質を見失った決断や思考・判断をしている可能性。

 

誰にでもある話。

 

僕はこの人物から特に、この言葉に共感しました。

 

「何者としても振る舞うことができる君自身が、結局のところは、何者でもなかった。」

 

これは僕が1番興味の湧かない人物像。没個性なのではなく、なんでも演じる事ができる人間。それはそれですごい事だと思いますよ。

 

けれども、僕はあまり魅力は感じないし、あんまりなろうとは思ってない。所謂、綺麗事が服着て歩いてる様な人、もそのうちの1人。

 

幸い僕の周り(本当に昔からの仲間で良く知った人達)には、超絶個性的でとてもじゃないけど演じる事ができなそうな人ばかり。

 

その中に僕もドップリ浸かれてる時点で僕もそう。

 

 

でもそんな人もまた、どこかで流されてるかもしれない。ハッとした。

 

 

そこまでよく知らない人の事は、知らない。それにあまり大人数に向けては発信してないけども、

 

大人数の心理よりも、用があるのは個人の深い思想なのは結構皆同じな気がする。表面的なそれではなく、普通なら語らないようなね。普通の人ならSNSなんかには書かない様な事。そこ。

 

 

このブログを読んで共感した人がいたらそれはそれで今の世間の風潮的にはかなり生きづらい思うけど、僕と同じタイプならきっと楽しくやってることと思う。コロナが明けたらわりと、

 

いや、かなり楽しく飯でも食えると思うよ。

 

 

僕にはシビュラシステムがなくなってしまった。誰かがやれと言わなくなった。誰もやるなと言わなくなった。

 

それも皆ある部分については同じ

 

という事は、PSYCHO-PASSで言うところの、「シビュラが殺せって言ったから殺した」が通用しなくなった様な感じだ。

 

ふと最近、このアニメの話をして、そう言えば今の自分は随分と楽になったなと思い、思い返していた。

 

 

 

人が決めた事やる方が本来なら何倍も楽なんだろうな。

 

 

 

 

リョウマサヒロ

 

ドラムで仕事させて頂いた

ライブハウスがコンピレーションアルバムを出すというのは、ここ最近はまあまあな感じで珍しいか、もしくはコロナ禍に一時的に流行ったかもしれません。

 

僕がライブハウスにで始めた頃は、各地のライブハウスの入り口とか、バーカウンターの横とか、怖いお兄さんがたむろする受付横とかに、ライブハウスのこしらえたコンピレーションアルバムがよくあったもんです。最近見なくなりましたね。

 

 

時代を経て今、こんな形でリリースされました。

 

 

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MEETS WORKS

 

https://meetsworks.bandcamp.com/releases

 

 

このアルバムは全六曲収録された、コロナ禍で大塚MEETSと関わりの深いバンド達が、なんらかの形でこのMEETSと手を取りレコーディングやMV撮影をしてリリースした作品の、

 

音源のコンピレーション。

 

これの馴れ初めとか諸々の話は一旦置いておきます。

 

僕はこのコンピレーションの、3曲目

 

REPEATER - AURORA/old man

 

という楽曲でドラムを叩かせて頂きました。

 

僕は日本で活躍するプロドラマーの方々と比べ、とてもじゃないけどそれだけで食えてる人じゃあないです。

 

(海外のドラマーの現状の事はもっと知らない。)

 

けれども、しっかりと仕事として、請け負い、責任を持って楽曲に取り組ませて頂きました。

 

 

元々ポンコツだった僕が、コロナ禍で、それも音楽で仕事を貰えた、これは僕にとってはめちゃくちゃ嬉しい事です。

 

だからその気持ちを全て、「取り組む」という形で還元しました。

 

今だから話せるけど、この仕事にかけた時間と労力は、僕個人ができる最大限のものをかけました。

 

だから当時の僕からしたら、これ以上は出てこない。なので、聴いた上での僕のドラムに対するバッシングなら、甘んじて受け入れます。

 

でも、僕自身は自信を持ってオススメします。

 

それは、僕のドラムではなく、楽曲が素晴らしいからです。

 

むしろ、

 

「楽曲は良いのに、ドラムがなぁ…」

 

なんて事を言われるのが怖いのでやったと言ってもおかしくないかもしれません。

 

僕はドラムに関して、まだまだ一流じゃあないです。一流がサラッとやってしまうであろう事を、僕は何時間も何十時間もスタジオに篭って繰り返し練習しないと、出来ません。

 

でもそれをやれば、僕にもコレくらいできました。

 

人によっては、普段それだけやってるのにお前そんな下手かよってバカにするかもしれないね。プロからみたらそんなもんかもしれないです。

 

でも、それをする前にまずじっくりと聴いてほしい。

 

 

 

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この写真の3番が僕が叩いた楽曲。

 

 

ちなみに

 

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ここの「デジタルアルバムを購入」

 

という所から買えるので、気に入っていただけたなら是非買って欲しいです。

 

自分が死力を尽くして取り組んだ仕事が、誰かの手元に届いてくれたら、それは本当に嬉しい事だと思う。

 

 

 

一流はサラッとやる事を、僕は何時間もかかってしまう。けれども、何時間もかけたからこそ、人の手に渡った時の喜びは、計り知れない。

 

買ったら教えてね。

 

 

僕は、このコロナ禍で様々なミュージシャンが仕事を失っていったのを色々と知りました。

 

そんな中でこの仕事を下さった

 

REPEATER 橋本慎太郎さん

 

そして、一緒に取り組んでくれたメンバー

 

本当にありがとうございました。

 

リョウマサヒロ

 

MEETS WORKS

コンピレーション第一弾

https://meetsworks.bandcamp.com/releases

 

そしてそんなREPEATER 

 

5/2(日)にライブがあるのです。

 

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知能指数テストの話

昔受けた知能指数テスト

幾分か専門的だったからもしかしたら専門用語が間違ってるかもしれないけれど、それを振り返っていたのでそれを少しブログにします。

 

 

 

 

僕は結構人よりも怒りっぽい所があるのを自覚していて、直そうという努力を心掛けてはいるのだけどどうしてもダメなものがあり。

 

食事中に唇を歯で傷つけるあれ

 

食べ物を美味しく食べてる時に不意に訪れるあの瞬間が、物凄く嫌でイライラします。いま唇噛みました、クソが!

 

みたいな感じで、ムッとする事があります。

 

コレをきっかけに思い出したのですけど、

 

人の感覚というのは何かに邪魔されやすいものだそうです。とても集中してるときに周りの声が聞こえないアレとか。
味覚も他のことで邪魔されやすく、唇を噛むとその瞬間から痛みしか感じなくなり、食べ物の味が幾分か分からなくなります。

 

 

嗅覚、味覚、視覚、触覚、痛覚、温度覚(ほかにもあった気がするけど忘れた)

 

この中でも視覚と聴覚は取り分け優れているそうです。とくに聴覚は物凄いらしい。どう凄いのかよく分からないくらい凄いです。

ちなみに、視覚と聴覚には、知能指数的に得手不得手があるそうです。

 

 

僕は、昔受けたテストでは、聴覚神経優位で、言語野の発達が大きいそうです。一方で、視覚神経はイマイチで、運動野はまずまずだそうです。

知能指数で面白いのが、これは目の良さとか耳の良さ、言葉の熟練度と運動神経を必ずしも現してないという所でした。

 

(なんだか専門用語が色々と違う気がする。その辺はザックリ読んでくださいね。)

 

 

じゃあこのテストの結果をどんな感じでフィードバックしていったのかという事なんですけど、これは一言では言えずブログにするのも難しいので掻い摘んで話すと、

 

 

僕の場合、視覚神経がイマイチで運動野の発達がまずまずなので、人の表情が気になってしまい、激しい動きの物を目で追う。びっくりした時に声を出さずに体が固まる。というのが当てはまるそうです。

逆に、発達した聴覚神経のおかげかせいなのか、

 

ニュースを流しながら音楽を聞いたりするのが苦にならないなど、あるそうです。このように、無意識で処理できる能力がある方は意識的には使っておらず、処理能力が低い方からストレスを受けやすいので、顔色を伺い、動きにくい服が苦手に感じているのかもしれない、そうです。

 

ドクターもその辺はなんとも言えないという前提付きでお話いただいた記憶があります。あとは日常生活に当てはめて考えてみる必要があると。

 

僕の場合、自分で勉強して知能指数の結果を分析する前に、それを分かりやすく簡単に文書化するにあたって生じる

 

構文費用

 

というのを払って簡略化を依頼しました。

 

 

その時書いてあった内容をザックリまとめると

 

『自分のペースでやればマルチタスクがどこまでも出来る処理能力があり、物事を色々な方向から考える事ができます。しかし急かされると精度が落ち、パフォーマンスも落ちる傾向があり、ミスが目立つようになります。また、言語野の発達から、人に何かを伝えることは得意な傾向がある一方で、反発される事を嫌う傾向があるため、他者に強くあたる傾向が出やすいです。この問題に対面した場合は、人は人、自分は自分という事を意識してください。物事を理解するのが人より早い傾向があるので、人から見て、初めの印象が能力の高い人に見える一方で、自分の苦手な事、物、作業になった場合にパフォーマンスが落ちてしまう傾向があります。そうすると、人から客観的に見られた時に、やる気がない・サボっている・不真面目だ、と捉えられる事があります。出来ない事は出来ないと伝える方法を持つ事と、人に手助けを求める方法を学ぶ事で、この問題に対処する事ができる可能性があります。」

 

みたいな内容でした。

 

詰まる所コレを僕言語に変換すると

 

「自分のペースでやれるものを選び、出来ない事は無理せず助けてもらえ。人の話を聞く事を心がけて、人に伝える事は無理しない。人は人、自分は自分。」

 

今も何かを選ぶ時や、何か失敗来た時にこの話を思い出しては、考えて、次に活かしています。

 

人にはそれぞれ向き不向きがあるもので、それ生きていけば誰しも学ぶ事ですが、誰かに自分の事を教えて頂くと、それが助けになることって、ありますよね。

 

 

リョウマサヒロ